海外ドラマ『プルリブス』シーズン1全話まとめて感想|自我なき幸福か意志の自由か 究極の選択を問う幸福ディストピア【ネタバレ有り】

Pluribus/出典:rottentomatoes

原題: Pluribus/製作年:2025/話数:9話(シーズン1)/製作国:アメリカ/言語:英語/主演:レイ・シーホーン

はじめに

この記事は、管理人しかが作品の世界に浸りながら想像力を広げ、思いをめぐらせながら綴ったものです。素人目線の解釈に基づくため、思い込み、勘違い、間違いなどがあること、あらかじめご了承ください。また、感想はネタバレを含みますので、未視聴の方はご注意ください。

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目次

『プルリブス』シーズン1:概要

このドラマのキーワード

ドラマの要素
  • 集合精神(Hive Mind)
  • 絶対的な幸福と人類滅亡
  • 自由意志
  • アイデンティティ
  • ディストピア
善意の深淵に潜む悪意を示唆してるような深いテーマなのです

イントロダクション

作品の導入部分をまとめてみました

天文学者たちが600光年離れたところから飛んできた謎の信号を見つけ、その信号から発見されたウイルスを研究していた陸軍感染症医学研究所でアウトブレイクが発生する。

それから14ヶ月後、人類はひとつの意識を共有する「幸福な意識共同体(我々集団:Hive Mind)」へと変貌を遂げ、アルバカーキ在住のロマンス小説家キャロル・スターカは平和的な人類滅亡の危機に直面する。「我々集団」への同化を免れた免疫保持者はキャロルを含め13人。「意志ある人間」か、それとも「自我なき幸福」に身を委ねるのか。人類の存亡をかけた、キャロルの孤独な戦いが幕を開ける。

主要人物の背景

主人公キャロルはどんな人?

キャロル

(レイ・シーホーン)
主人公
ロマンス小説の作家
我々ウイルス免疫保持者
我々の同化で妻を亡くす

ゾーシャ

(カロリーナ・ヴィドラ)
キャロル担当の我々集団の個体
キャロルのロマンス小説の主人公に似ている

画像出典:IMDb

評価

IMDb:8.1

ロッテントマト
平均トマトメーター:98%
平均ポップコーンメーター:66%

トマトの温度差が示すように、玄人受けする内容だったかな
私のお気に入り度は、今後への期待をこめて☆3つ!

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『プルリブス』シーズン1:感想

ここからネタバレ全開の感想です
未視聴の方はご了承のうえお読みください

なんじゃこりゃ!驚きの新世界

『ブレイキング・バッド』『ベター・コール・ソウル』の生みの親、ヴィンス・ギリガンの最新作ということで期待満々で視聴してみましたが…..「うううううーーーん」と唸ってしまう怪作でした。

正直なところ、視聴終了直後のいま感じていることは、「面白かったー!」ではなく、「なんじゃこりゃ……」という漠然としないモヤモヤ渦巻くものです。

そんなわけで、まだ自分でも消化しきれてないのですが、心に浮かぶ「ざわつき」を綴ってみようと思います。

彼らは果たして幸せか?

まず考えさせられたのは、同一意識になった人々が感じている「幸福」についてです。

「幸せ」って良いことなんじゃないの?って思ってしまうのですが、「我々集団(Hive Mind)」に幸福は存在しないんじゃないかなと思うのです。

「幸せ」は個人の感性や経験あっての感情で、「私の幸福」と「誰かの幸福」は決してイコールではないはずです。

悲しみを知っているからこそ喜びが際立つように、光には影が寄り添うもの。でも、善意しかない彼らには負の感情はありません。負の感情がないから、いつも穏やかでいられるけれど、それは喜びもないということ。と、思うのです。

そういったことをぐるぐる考えてゆくと、彼らが言う「幸福」は便宜上の単語でしかないと感じます。

「平和」という建前の「侵略」

「幸福」ひとつにこだわる私にとって、「我々ウイルス」は人間をより良くしたとは思えません。

「平和」や「幸福」という美しいパッケージに包まれているけれど、彼らがしていることは多様性を認めない強制的な「同化」です。

人類の文化や習慣や価値観などを一方的に捨てさせ、彼らにとって都合の良い人間(個体)に変える行為は、かつて武力で少数民族を支配した歴史の暗部と重なります。

「我々ウイルス」は宇宙から来た未知のものなので、そのウイルスに抗う術を持たない人類は絶対的な劣勢の立場。そういう視点で考えると、あの平和主義で善意の塊である「我々集団」が、空恐ろしい侵略者に思えてくるのです。

実は「格差」あるある集団

さらに興味深いのは、我々集団にもある「格差」です。

我々集団は「ひとつの意識」で繋がる一方で、個体(人間)は地球全土に散らばっているんですよね。個体の居住地は変えず、必要に応じて移動しているようでした。(たとえば、キャロルがよろしくないことを企んだ時など)

それをふまえると、個体には「環境格差」が生じるはずです。僻地にいる我々と、都市部にいる我々。極寒の地にいる我々と、温暖な地にいる我々。

さらに、善意の塊である彼らは「木になってるりんごも食べられない」ほどの平和主義者ということなので、これまで狩猟や農作物で食料を賄ってきた個体は飢えに直面しているのではないでしょうか。

死んだ人間を原料にした加工品を作っているとしても、世界に散らばる約70億の個体全員にその加工品を平等に行き渡らせるのは不可能だと思うのです。(最初の「同化」で8億8600万人以上が死亡したとのことなので、我々集団の個体数は70億くらいと推測)

結局、食糧問題でも都市部の個体が優遇され、「ひとつの意識」の中にも残酷な「胃袋格差」が発生しているはず。彼らは不公平とは思わないのかもしれませんが、幸福の裏側にあるどす黒い真実を見た気がします。

最後の人類、キャロルの役割

設定の奇抜さばかりに注目してしまいましたが、『プルリブス』はキャロル役レイ・シーホーンの独壇場とも言えるストーリーでした。作品の良し悪しを彼女一人が背負ってるといっても良いくらい、出ずっぱりで頑張ってました。

圧倒的善意の我々集団に対し、キャロルに求められるのは人間らしさだったと思います。

・理不尽な状況への「怒り」
・妻ヘレンを亡くした「悲しみ」や「喪失感」
・元の世界へ戻そうと試みる「前向きさ」
・我々集団のゾーシャに惹かれる「自己嫌悪」や「罪悪感」
・そして、究極の「孤独」「恐怖」「無力感」

ジタバタもがいているように見えたキャロルですが、絶望を前にした人間に湧き上がる感情をあますところなく示してくれました。

「我々集団」の思惑にハマったかのように、ゾーシャと快楽を享受したキャロル。地球上でひとりぼっちという究極の孤独に陥ったのですから、眼の前にいる人間の姿をしたゾーシャを失いたくない気持ちは当然です。

それでも、キャロルの「人間であること」「自由意志」へのこだわりは消えませんでした。

キャロルの人間臭さはこの作品の重要なパーツだと思うので、最後の人類としてのど根性をこの先も見せ続けてほしいです。

まとめ

「異星からのウイルスに感染した人類がひとつの意識になる(我々集団)」という、とんでもなく奇想天外な設定に戸惑った作品でしたが、ブラックユーモアの中に込められた制作陣の問いかけを感じずにはいられません。

「自我なき幸福」か「自由意志」か

暗い世の中になりつつある現代を思うと、「平和主義の幸福集団」は魅力的に思えますが、十人十色だからこそ世界はカラフルで楽しい。「人それぞれの幸せがあっていい」と思う私は、キャロルの頑張りに期待しています。

お読みいただきありがとうございました

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