
この記事は、管理人しかが作品の世界に浸りながら想像力を広げ、思いをめぐらせながら綴ったものです。素人目線の解釈に基づくため、思い込み、勘違い、間違いなどがあること、あらかじめご了承ください。また、感想はネタバレを含みますので、未視聴の方はご注意ください。
『レインメーカー』シーズン1:概要
キーワード
- 映画をリメイク
- ゴリアテに挑む新米弁護士
- 信念と正義
- シリアルキラー
- 弱小チームの絆

イントロダクション

作品の導入部分をまとめてみました
1997年のマット・デイモン主演映画『レインメーカー』を現代版ドラマシリーズに大幅リメイク。原作はジョン・グリシャムの小説「原告側弁護人」。
サウスカロライナ州チャールストン。ロースクールを卒業したルーディ・ベイラーは、恋人サラとともに大手法律事務所ティンリー・ブリットに就職する。しかし、輝かしいキャリアの幕開けとなるはずの出勤初日に最悪の失態を演じたルーディは、実務に就くことなく即座に解雇されてしまった。
新たな就職先は見つからず、途方に暮れたルーディはバイト先の店主のツテで、名前も知らなかった弱小事務所J・ライマン・ストーンの所長ブルーザーに拾われる。そこで出会った司法試験に落ち続けているが有能なデックを相棒に弁護士道を歩き始めたルーディは、自分を解雇した重鎮弁護士レオ・ドラモンド相手に、勝ち目の薄い大勝負を挑むことになる。
評価



データは記事執筆時のものです
IMDb:7.1(/10)
ロッテントマト
トマトメーター(批評家による評価):58%
ポップコーンメーター(一般視聴者による評価):84%



トマトメーターの評価はシビアですな
私は想像以上の満足度でした
『レインメーカー』シーズン1:感想



ここからネタバレ全開の感想です
未視聴の方はご了承のうえお読みください
映画『レインメーカー』について知ってたことは「主演マット・デイモンのリーガル作品」ということくらい。そんなわけで、リメイク版ドラマシリーズに対する熱量もそこまでなく、まったり観るつもりでした。
しかし、観始めたら……まったり一転!これ、面白い!
「感想を書かねば!」という気持ちがむくむく湧いてきて、「だったら映画も観ておかなくちゃ!」と映画版まで一気に完走。
ということで、映画版との違いなどをからめながら、このドラマの素晴らしさを語りたいと思います。
単なる法廷ドラマではないんです!
リメイク版のドラマシリーズのイチバンの特徴は、「アンサンブル(群像劇)スタイル」になってるところ。
映画版は、新米弁護士ルーディの成長と巨大企業&大手弁護士事務所への挑戦がメインの物語だったけれど、ドラマ版は複数のサブストーリーが織り込まれるように大胆にアレンジされているのです。
主人公ルーディと巨大企業を弁護する大手弁護士事務所との闘いを主軸に、並行して描かれるサイドストーリーは
・放火
・連続殺人
・証人失踪
・息子を亡くした母親の深い悲しみ
・夫のDVに怯える女性
……など、実に盛りだくさん!
盛り込みすぎじゃない?と感じるボリュームですが、この一見バラバラに見えるストーリーがひとつの道筋へと見事に収束する流れ。ここは、本当に脚本が素晴らしかったです。


特筆したいのが、第1話の冒頭で起きる「火事(放火事件)」です。
火事で母親を亡くした元看護師メルビン・プリッチャーは、演じるダン・フォグラーの怪演もあり、怪しさ満点。でも、火事とメインの訴訟とはまったく関連性がなく、違和感ありありのサイドストーリー。
プリッチャーという人物の危うさを示すための要素かな?と思いきや、ぜんっぜん、ちがーう!!
この「火事」が、クライマックスの裁判に繋がるんです。法廷に立つルーディの切り札になったときの、あのカタルシスといったら!「おおおおーーーー」と(心の中で)雄叫びをあげるくらい、凄かったです。
主人公ルーディ・ベイラーの魅力!


このドラマ成功の鍵は、主人公のルーディが握っていると言っても過言ではありません。
そのルーディ役に抜擢されたマイロ・キャラハンがとにかく良かったです!
お金もコネも(ほぼ)ないルーディの、人間性、倫理観、そして背景まで。マイロ・キャラハンが演じるルーディという青年の等身大の姿は好感度抜群!
さらに、「青臭いほどのピュアな正義感」と、いざという時に牙をむく「天才的な頭脳」。このバランスが絶妙で、好きにならずにはいられません。「和解(利益)第一主義」だった上司ブルーザーでさえも、ルーディの正義感に同調するようになりましたものね。
何より「良き!」ポイントは、彼は自分のことを「まだまだ未熟で何者でもない」とちゃんと自覚しているところです。いわゆる「俺って天才!」みたいな傲慢さがない!だからこそ、百戦錬磨のベテラン弁護士レオ・ドラモンドを持ち前の「卓越した頭脳」でじわじわと追い詰めていく姿は爽快そのもの。
他人の痛みに寄り添う「優しさ」を原動力にして突き進むルーディ。彼の嘘偽りのない「他者への献身」は、DV被害者のケリーを助けようとする姿が証明していました。
1997年映画版(マット・デイモン主演)との比較
名作映画版が大好きなファンの方も多いと思いますが、今回のドラマ版(全10話)は、映画のストーリーを下敷きにした素晴らしいアップデートになっていました。
まだ言うか!と突っ込まれそうですが(苦笑)、ルーディ役にマイロ・キャラハンをキャスティングしたこと。大拍手です!誠実で端正な面差しを持っている彼は、どこか映画版のマット・デイモンを彷彿とさせ、「新ルーディ」という説得力がありました。
さらに、現代的なアレンジも大成功しています。
例えば、映画版ではコワモテの悪徳弁護士だったブルーザーが、ドラマ版では「悪徳弁護士の娘(2代目)」という設定に大胆チェンジ!演じるラナ・パリラが魅せてくれるんです。ボスとしての貫禄と繊細さを併せ持つブルーザーは、物語に良いアクセントを加えていました。
さらに舞台が現代になったことで、弁護士役に女性俳優をキャスティングした点は、個人的に嬉しいポイントでした。ブルーザーしかり、サラしかり。
というのも、映画では、法廷シーンにいる弁護士や判事が全員男性なのです。今見ると驚くけれど、当時(1997年)はこれが普通だったんでしょうね。ちょっとしたことですが、社会の変化が感慨深かったです。
裏の主人公?サラの「光と影」


ドラマ版のオリジナルキャラクターであるサラは、このドラマのクオリティを何段階も引き上げている最高のスパイス!
ドラマ開始時のルーディとサラは、同じ未来を見ている恋人同士。でも、シーズン1を観終わった今は、ふたりの出逢いも、ふたりの就職先も、すべてサラが仕組んだと確信するほど、彼女は冷徹な策略家でした。
ルーディが突き進む「純粋な正義の道」と、サラが選んだ「野心と名声の道」。
同じスタートラインにいたはずの二人が、選択の違いによって「光と影」のように道を違えていく対比は本当に見事で、サラの存在によって倫理的なテーマが鮮烈に浮かび上がっていました。
ルーディの恋人だったサラは、彼の弱みを攻撃材料にしました。彼女がそこまでして勝ちたい理由を考えてみたのですが、父親に対する激しいまでの承認欲求のせいだったのかもしれません。
今、まさに弁護士人生の岐路に立つサラ。だからこそ、父に対する思いの虚しさや、レオの腹心だったヌーナンの哀れな末路をじっくり考えてほしい。シーズン2のサラが楽しみでなりません。
まとめ
映画に比べて長い尺を使って描かれるドラマシリーズだからこそ、事件の裏側にある「傷ついた人たちの苦しみや悲しみ」が丁寧に描かれていて、「単なる法廷ドラマでは終わらない」魅力がありました。
初日に大手事務所をクビになった新米弁護士のルーディも、頼れるデックやブルーザーといった最高の仲間たちと出会い、ついにラストで真の「チームルーディ」として結束する姿には胸が熱くなりました。


ところで、「レインメーカー」って単なるキャッチーなタイトルではなく、「金を降らせる弁護士」の俗語だったんですね。
制作局である「USAネットワーク」のサイトにある記事を読んで、目からウロコでした。作中でも触れられてるらしいのですが、馬の耳に念仏状態だったみたいです(;´∀`)


正義の道をゆくルーディも、悪どい手法も厭わないレオチームも、「依頼人と自分に大金を稼ぐ」ゴールを目指しています。今回はルーディがレインメーカーになりましたが、シーズン2はどうでしょうか。
そうなんです!『レインメーカー』はシーズン2の制作が決定しています。
次はどんな難題に挑むのか。チームになったルーディたちの活躍を楽しみにしながら、私の感想を終わります。



お読みいただきありがとうございました

