
この記事は、管理人しかが作品の世界に浸りながら想像力を広げ、思いをめぐらせながら綴ったものです。素人目線の解釈に基づくため、思い込み、勘違い、間違いなどがあること、あらかじめご了承ください。また、感想はネタバレを含みますので、未視聴の方はご注意ください。
『アマンダ ねじれた真実』:概要
キーワード
- 実話
- 冤罪
- 異国での逮捕
- メディアの暴走
- 虚像と実像

イントロダクション

作品の導入部分をまとめてみました
アマンダ・ノックス本人も製作総指揮に加わった実話をもとにしたドラマ。
2007年のイタリア・ペルージャ。アメリカからの留学生アマンダ・ノックスと恋人であるラファエル・ソレシト(イタリア人)は、アマンダのルームメイトだったメレディス・カーチャー(イギリス人)の殺害容疑で逮捕される。それは、アマンダの15年に及ぶ冤罪との戦いの始まりだった。
評価



データは記事執筆時のものです
IMDb:6.7(/10)
ロッテントマト
トマトメーター(批評家による評価):71%
ポップコーンメーター(一般視聴者による評価):68%



見応えがあり
考えさせられました
『アマンダ ねじれた真実』:感想



ここからネタバレ全開の感想です
未視聴の方はご了承のうえお読みください
私、「アマンダ・ノックス事件」を知りませんでした。
このドラマを観たきっかけは、ケイリー・クオコ主演の『フライト・アテンダント』(感想はこちら)です。その中で、出張先のホテルで事件に巻き込まれた主人公が「アマンダ・ノックスにはなりたくない!」とパニックになってたシーンが印象深くて。
そんな理由から、このドラマを観ることにしたのですが、これが実話とは!もうビックリ!
事件発生から逮捕、裁判、その後のことまで。まるで「冤罪の作り方」ような内容でした。
人生を一変させた事件の当事者となったアマンダの視点で語られる物語を、私なりに考えてみたいと思います。
他人事にできなかった理由
アマンダの物語に人々が引きつけられる理由は、他人事と片付けられないからだと思います。
実際、ドラマを観ながら感じたものは「興味」より「恐怖」。彼女が体験したことは誰に起きてもおかしくないと実感したからこそ感じる「恐怖」でした。
アマンダが特別だったとは思えません。
広い世界を観て知ろうとしていた留学生。知り合ったばかりの男子(ラファエル)に恋する女の子。異国の地での開放感ゆえにハメも外したかもしれないけれど、それは彼女だけではなかったはず。
そんなごく普通のアマンダが、なぜ容疑者になり、なぜ有罪になったのか。
ドラマの中で示唆されたのは、ルームメイトであるメレディスの死を知った後の反応のせいだったのではないか……でした。
ショックの表し方は人それぞれ。そんな言葉は凄惨な殺人事件の現場では通用しませんでした。
騒然とする犯行現場でラファエルといちゃついていた姿は不謹慎で、捜査関係者だけでなく友人たちの目にも「異様」に映ったのは事実だと思います。
でも、それだけの理由で彼女とラファエルを「容疑者」にした刑事や検事の捜査スタイルは、理解できるものではありませんでした。それが通常の捜査手法だとしても。
ドラマで描かれたミニーニ検事の手法は、まず状況からストーリーを考えて犯人を特定し、それに沿った証拠を揃えていく、というものでした。
例えば、アマンダの虚偽告発で共犯者にされてしまったルムンバの件。
警察は、アマンダがバイト先の店主ルムンバに送ったメール「See you later(またね)」という英語の挨拶を「密会の約束」の証拠だとしました。長時間の激しい尋問の末、彼女はルムンバを虚偽告発してしまいます。
これも、違う言語での解釈の相違というより、あらかじめ描いていた「ストーリー」に沿わせた結果ではないか。そう思えてなりません。
「郷に入っては郷に従え」とはよく言ったもので、異国での振る舞いや言葉の誤解が、時に人生を左右してしまう。マナーや敬意の大切さを痛感すると同時に、第一印象や思い込みから偏狭な思考に陥る人間の心理の怖さを鋭く突きつけられました。
アマンダの物語
物語は、ミニーニ検事の一方的なシナリオと、特ダネ欲しさに暴走するマスコミによって、アマンダが「悪魔のような性癖を持つ殺人鬼」に仕立て上げられていく様が描かれていました。
「Foxy Knoxy」なんて呼び名まで付けられて、世間はミニーニ検事の主張を信じ、マスコミが煽る「アマンダ像」を真実として受け入れます。
でも、このドラマはアマンダが主人公。
アマンダの視点で語られることで、「異様な人物」だと世間に思わせてしまった行動の理由が説明されていました。
なぜ警察署で側転をしたのか。
それは、彼女に声をかけた刑事が「やってみせてよ」と誘導したから。
なぜ裁判中、厳粛な態度でなかったのか。
それは、弁護士に「自分らしくいるように」とアドバイスされたから。
さらに、アマンダが警察でどんな扱いを受けたのかを見せ、ミニーニ検事が作り上げた「ストーリー」の矛盾や嘘を暗に暴いていくのです。
一体誰のための、何のための裁判だったのか。
見終わった後も、その答えは見つかりませんでした。
アマンダ本人が制作に加わってることでも分かるように、これは彼女が世間に見せたい側面の物語なんだと思います。
光の届かなかった場所
アマンダが主人公だからこそ、どうしても削ぎ落とされてしまった部分もあった気がしています。
例えば、彼女を支え続けた家族の献身。
継父(母の再婚相手)に至っては、「仕事はリモートでするから」と、イタリア移住までしていたとのこと。
劇中では「その莫大な費用はどうやって工面したの?」「世間の凄まじいバッシングにどう耐えていたの?」という部分にはあまりスポットが当たりません。アマンダの物語の裏側には彼らの生々しい苦労があったはずです。
そしてもうひとつ、気になったのは被害者遺族への配慮です。
作中では、どこか遺族が置いてけぼりになっているような寂しさを感じてしまいました。イタリアの複雑な裁判で有罪と無罪が何度も繰り返され、もはや何が真実か分からないカオス状態。
いまなお深い痛みを抱えるであろう遺族を思うと、実話ドラマが持つ限界を突きつけられた気がします。
まとめ
15年以上の時を経て、アマンダが「自分が見た真実」を描いたこのドラマは、世間へのある種の「逆襲」のようでした。
もちろん、演出されているとは思います。
例えば、クライマックスで描かれたイタリアを再訪したアマンダがミニーニ検事と対話し、ラファエルと再会するシーン。あれは、あまりに美しすぎて、まるでフィクションのようでした。
そんなドラマ用の演出があったであろうことを考慮しても、この作品は心に刺さる何かを残してくれました。


最後に、俳優陣の熱演を称賛したいです。
アマンダを演じたグレース・ヴァン・パッテンはもちろん、ミニーニ検事をはじめとするイタリア俳優陣の存在感も強烈で、物語に確かな重みを与えていました。
ちょっと話が逸れますが、このドラマはオリジナル言語で観ることをオススメします!
というのも、アマンダを取り調べる刑事や検事のイタリア語の迫力を感じてほしいからです。
私は視聴時に吹替版がなくオリジナル言語で視聴したのですが、大正解でした。吹替されていたらそちらで観たと思うのですが、なくてよかったです(;´∀`)



お読みいただきありがとうございました
時系列
イタリアでの裁判の経緯をまとめました
- 事件発生: 2007年11月1日、ペルージャの共有アパートでメレディス・カーチャーの遺体が発見された。
- 初期の逮捕: ノックスとソレシトを拘束した警察は厳しい尋問を行い、逮捕する。メールの誤解(またね!)から問い詰められたノックスは自身の雇用主であったパトリック・ルムンバを虚偽に告発したが、ルムンバにはアリバイがあったため後に釈放された。
- 第三の容疑者: 現場からルディ・グエデの指紋とDNAが発見され、彼はドイツで逮捕・送還された。
- グエデの判決: 2008年、別個に行われた略式裁判で、グエデは殺人と性的暴行の罪で禁錮30年の判決を受けた。(後に16年に短縮)
- ノックスらの第一審: 2009年1月よりノックスとソレシトの裁判が始まり、同年12月に有罪判決が下された。ノックスには禁錮26年、ソレシトには25年の刑が言い渡された。
- 証拠の再検討: 2010年に始まった控訴審では、独立した専門家によってDNA証拠の信憑性が再調査され、警察の捜査手法に多くの欠陥があったことが指摘された。
- 逆転無罪: 2011年10月、ペルージャの控訴裁判所は証拠不十分として2人に無罪判決を下した。ノックスは約4年の拘留を経て釈放され、直ちにアメリカへ帰国した。
- 破棄差し戻し: 2013年、イタリア最高裁判所は控訴審の無罪判決を破棄し、審理をフィレンツェの裁判所に差し戻した。
- 再度の有罪判決: 2014年、フィレンツェでの再控訴審において、2人に再び有罪判決が下された。
- 最終的な確定無罪: 2015年3月、イタリア最高裁判所は、2人の有罪判決を最終的に破棄した。これにより、2人の無罪が確定し、8年に及んだ法廷闘争は終結した。
殺人罪については無罪となったが、パトリック・ルムンバに対する名誉毀損罪についてはノックスの有罪が維持されている。なお、真犯人とされたルディ・グエデは2021年に釈放されている。

