
この記事は、管理人しかが作品の世界に浸りながら想像力を広げ、思いをめぐらせながら綴ったものです。素人目線の解釈に基づくため、思い込み、勘違い、間違いなどがあること、あらかじめご了承ください。また、感想はネタバレを含みますので、未視聴の方はご注意ください。
『ヤング・シェルドン』シーズン7
ファイナルシーズンのキーワード
- ビッグバン・セオリー
- 留学
- 巣立ち
- 別れ
- 家族のかたち

イントロダクション

ファイナルシーズンの導入部分をまとめてみました
『ビッグバン・セオリー』のスピンオフ。シェルドン・クーパーの回想録、最終章。
14歳になったシェルドンはドイツのハイデルベルク大学の夏期講習に参加するが、ハイデルベルクの学生はレベルが高く、シェルドンは初めての落ちこぼれを経験する。
一方、テキサスのクーパー家は竜巻の影響で大わらわ。竜巻に自宅を破壊された祖母コニーは計らずも恋人との同棲を始め、住む場所を失くしたジョージー&マンディは不在のシェルドンの部屋を使うことになる。
付き添いでドイツに滞在するメアリー(ママ)と、テキサスにいるジョージ(パパ)は、節約のため電話ではなく手紙で近況を知らせ合う。手紙は思わぬ効果をもたらし、ふたりはロマンチックな雰囲気になり、夫婦仲を修復してゆく。
『ヤング・シェルドン』ファイナルシーズン全話まとめて感想



ここからネタバレ全開の感想です
未視聴の方はご了承のうえお読みください
お別れの時
私を必ず笑顔にしてくれる大好きなドラマ。『ヤング・シェルドン』ともお別れの時がやってきました。
9歳のシェルドンが高校に入学するところから始まり、7シーズンを経て、シェルドンは14歳。『ビッグバン・セオリー』の舞台になるカルフォルニア工科大学の大学院へ向かうところで物語は幕を閉じました。
7シーズン、141話。日常の悲喜こもごもをたどるクーパー家の物語を噛み締めながら、感想を語りたいと思います。
パパ、ジョージ・シニアへの思い
すっかり成長したシェルドンの姿を見ると(といっても、まだ14歳!)、まるで親戚のおばちゃんのような気持ちになり、嬉しさ半分、寂しさ半分。
我ながら苦笑してしまうほど思い入れの強さで、クーパー家のそれぞれについて語りたいことが山ほどあるのですが、やたらと長文になりそうなので、ここでは特に心に残ったパパとミッシーについて語らせてください。


まずはパパのジョージ・シニアのことから。


『ヤング・シェルドン』を見るうえでの最大の懸念事項は、パパのことでした。
理由は明白。『ビッグバン・セオリー』の中でパパが故人であると明言されていたからです。亡くなることは確実でした。
シリーズ開始以来、そのことが気がかりで、心配で心配で。パパが心臓発作を起こすたびにハラハラしたことを思い出します。
クーパー家の賑やかな楽しさの中で忘れかけていたことも事実ですが、恐れていたことはファイナルシーズンで起きました。
パパの死は、『ヤング・シェルドン』のグランドフィナーレと言っても過言ではない出来事でした。
「悲痛な悲しみに心が壊れそうな時も、心を和ませる出来事はある」
パパの死を通して、そんな奥深いメッセージを感じたのは、夫を亡くして心が壊れそうなママのために、無神論者のシェルドンが洗礼を受けるシーンでした。ママのためとはいえ、いつものように自分らしさを貫くシェルドンの滑稽な姿は、悲しみの淵にいたクーパー家を日常に引き戻す、大切な瞬間だったと感じます。


パパは、クーパー家にとってなくてはならない大きな存在でしたが、番組が始まったばかりの頃、パパを「家庭を顧みない浮気者」という先入観で見てました。
その先入観は、『ビッグバン・セオリー』の中でシェルドンが語った内容から刷り込まれてたイメージだったのですが、これはまったくの誤解でした。
回想録を執筆中のシェルドンも語っていましたが、パパは家族のために頑張っていましたよね。
ママのメアリーと意見の相違は多々あれど、責任を放棄することはなく、シェルドンのことも(パパなりに)理解しようと努力してました。
そんなパパの姿を見て育ちながらも、シェルドンのパパ評が低かった理由を考えたのですが、思い当たるのはバアバ(祖母のコニー)の存在です。
バアバにとって、パパは愛する娘メアリーの人生を「台無しにした男」なんですよね。
パパに対するバアバの憎まれ口はもはや口癖のようなもので、一種の愛情表現だったのかもしれません。でも、皮肉やジョークが通じないシェルドンは、バアバの言葉をそのまま受け止め、パパ=ダメ親父として記憶したのでは?・・・と、考察しています。
自分も父親になったシェルドンが、パパの苦労や努力の数々に気づけたことは、彼にとって最も重要で素晴らしい発見だったように感じます。
双子の絆、シェルドンとミッシー
次は、『ビッグバン・セオリー』では知り得なかった双子の妹ミッシーとの絆について書きたいと思います。
『ヤング・シェルドン』開始当時、まず心を掴まれたのは、破壊的な可愛さだったシェルドン&ミッシーでした。


『ビッグバン・セオリー』の早い段階で登場した大人になったミッシーとシェルドンとの関係性は、成長して疎遠になったどこにでもいる兄と妹といった感じでした。でも、この『ヤング・シェルドン』では、ふたりの特別な絆が描かれていました。
シェルドンに足りない「普通らしさ」や「子供らしさ」を教えてくれたのは、ママでも、バアバでもなく、ミッシーです。ミッシーがいたからこそ、シェルドンは迷いや悩みを抱えることなく自分が望む道を進めたんじゃないかな。
そう感じるのは、シェルドン初のライバルだったペイジが苦悩する姿を見たからです。
シェルドンのように傲慢な天才児だったペイジが成長するにつれ、才能を悲観し荒れてゆく様子は痛々しいものがありました。ペイジの姿は、ミッシーを始めとする家族がいなかった場合のシェルドンだったのかも。と、考えてしまうのです。


一方、ミッシーのほうはというと、シェルドンという双子の兄がいるせいで苦労したのは間違いありません。
もうひとりの兄ジョージーも思春期真っ盛り。我が強いふたりの兄を持ったミッシーは、みそっかす気分をいつも味わっていたのではないでしょうか。
そんな愛情不足に陥りそうなミッシーを支えていたのはパパの存在でしたよね。
パパを亡くした後のミッシーが心配ですが、このドラマはシェルドンの回想録なので、パパ亡きあとのミッシーの様子は不明のまま終わりました。ミッシーのその後は、さらなるスピンオフ『ジョージー&マンディの初めての結婚』で見せてくれるといいな。
次なる物語へ
パパのお葬式を経て、大学院へ進むシェルドンは実家を離れ、ラストは希望に満ちたシェルドンの姿で終わりました。
シェルドンの物語は『ビッグバン・セオリー』へと続くわけですが、クーパー家の物語は新たなスピンオフ『ジョージー&マンディの初めての結婚』へと続いてゆきます。
ジョージーが『ビッグバン・セオリー』に登場した時(シェルドンの結婚式のエピソードで)、パパが亡くなった後、自分がクーパー家を支えていたと言っていたので、その後のメアリー&ミッシー(+バアバ)の様子も語られるかもしれません。
シェルドンの回想録は終わりですが、『ビッグバン・セオリー』の世界は広がり続けているのです。



お読みいただきありがとうございました

