
この記事は、管理人しかが作品の世界に浸りながら想像力を広げ、思いをめぐらせながら綴ったものです。素人目線の解釈に基づくため、思い込み、勘違い、間違いなどがあること、あらかじめご了承ください。また、感想はネタバレを含みますので、未視聴の方はご注意ください。
『スカーペッタ』シーズン1:概要
キーワード
- 連続殺人
- 家族関係
- AIとの共存
- 過去と現在
- 秘密

イントロダクション

作品の導入部分をまとめてみました
優秀な法医学者、ケイ・スカーペッタ。彼女が因縁の地、バージニア州の検屍局長に復職した理由は、妻を亡くした姪・ルーシーを支えるためだった。
着任早々、ケイのキャリアの原点ともいえる事件を彷彿とさせる凄惨な連続殺人が発生し、ケイは元刑事で今は姉ドロシーの夫ピート・マリーノと共に調査を開始する。やがて、現場から採取された指紋が過去の事件に繋がり、ケイとピートは否応なしに封印した「過去」と向き合うことになる。
原作はパトリシア・コーンウェルのベストセラー小説シリーズ。待望の映像化です!
主人公の背景



主人公ケイ・スカーペッタはどんな人?


ドクター・ケイ・スカーペッタ:ニコール・キッドマン
若い頃のケイ:ロージー・マキューアン
バージニア州主任検視官
幼い頃に父が殺されるところを目撃した
奔放な姉ドロシーに代わり姪のルーシーを育てる
姉ドロシーとは口論が絶えない関係
彼女を有名にした事件でFBIプロファイラーの夫ベントンと出会う
相棒の元刑事ピートを信用している
ケイを取り巻く人々
ドロシー
(ジェイミー・リー・カーティス)
若い頃:アマンダ・リゲッティ
ケイの姉
著名な作家
ピート
(ボビー・カナヴェイル)
若い頃:ジェイク・カナヴィル
ケイの相棒の元刑事
ドロシーの現在の夫
ベントン
(サイモン・ベイカー)
若い頃:ハンター・パリッシュ
ケイの夫
FBIプロファイラー
ルーシー
(アリアナ・デボーズ)
若い頃:サバンナ・ルマー
ケイの姪
幼い頃よりIT分野に長けている
亡くなった妻モデルのAIと暮らしている
評価



データはこの記事を執筆した時のものです
IMDb:5.9
ロッテントマト
平均トマトメーター:61%
平均ポップコーンメーター:46%



予想外の人間ドラマに満足度あがらずだったかな…
『スカーペッタ』シーズン1:感想



ここからネタバレ全開の感想です
未視聴の方はご了承のうえお読みください
【注意】正直に言ってしまうと、視聴後の感想はかなり「複雑」なものになってしまいました。あくまで、イチ視聴者の率直な独り言としてお付き合いいただければ幸いです。
ちなみに、私は原作小説は読んでおりません。ドラマ版のみの感想となります。
混沌とした構成に思わず困惑!
毎月のドラマ視聴を記録している「2月のドラマノート」にも書いた通り、『スカーペッタ』はすごく心待ちにしていたドラマです。その楽しみの分だけ落胆も大きかった……というのが正直なところ。
というのも、「検屍官ミステリー」という設定を聞いて、『BONES』のブレナン博士的な「科学と知性による鮮やかな事件捜査」や「死者の最後の声を聞く」といった内容をイメージしていたのです。
でも、それは私の勝手な思い込みでした。『スカーペッタ』は、「本格ミステリーを求めて入店したら、ドロドロの人間ドラマが出てきた」という、まさか!の内容……(苦笑)
さらに困惑させられたのは、現在と過去の2部構成。これがうまく機能してない印象でした。
現時点を主軸にして過去の経緯を描くというのは、よくある手法です。でも、過去の物語を丁寧に描きすぎたことで肝心の「現在起きている事件」が薄らいだのは、もったいなかった。
とはいえ、私は原作の小説を読んでないので、この混沌とした世界観が持ち味の作品なのかもしれません。「世界観を知るために小説を読んでみよう!」というワクワクが湧いてこなかった点も、残念に感じたポイントでした。
家族を通して見る「ケイの素顔」
「人間ドラマでもいいじゃないか!」と思ってみても、なんだか「しっくり」しなかったのは、その人間ドラマの核となるケイの家族が「嘘っぽい」と感じたからです。
ケイとベントンの夫妻関係にしても、ケイとドロシーの姉妹関係にしても、姪ルーシーにしても。受けた印象は「演技してるみたい」でした。
もちろん、俳優さんがお仕事してるわけなのですが、演出が「俳優と俳優のマウント合戦」のように見えてしまったのです。
というのも、家族としての「情」が入り込む隙間もないほどの名優同士の火花散る凄まじい演技合戦の熱量に圧倒されて、視聴者としてどこに感情を置けばいいか、思わず迷子になるほどだったからです。
ただ、この演出のおかげで、ケイの本質を知ることができたと思います。姉ドロシーと口論するケイは、クールビューティーな見た目とは裏腹な激しい素顔を見せていましたものね。
ケイの人物像をさらけ出すための演出だとしたら、ある意味、大成功かもしれません。
ドロシーという存在
『スカーペッタ』が「犯罪もの」ではなく「家族の物語」に感じた最大の要因は、大きすぎる存在感のドロシーにあったと言えます。
彼女の印象は「永遠の迷子」
まるで「荒れ狂う嵐」のように、ドロシーが『スカーペッタ』という作品そのものを翻弄してるかのようでした。
ケイにとってはストレス発生源のようなドロシーでしたが、作家である彼女は富も名声もある成功者です。なのに、「満たされない心の渇き」を抱えている。
空虚感に苛まれるドロシーが、娘ルーシーが作ったAIジャネット(ルーシーの亡くなった妻がモデル)との会話に癒やしを見出す件は、「なるほど」と思ってしまうのも事実。AIジャネットは「そうそう、わかるわかる」と言ってくれるドロシーの写し鏡ですものね。
ここまでドロシーに焦点を当てたからには、シーズン2で彼女がとんでもないキーパーソンになってくれるはず。ただのお騒がせで終わらないはず。……と、信じたいです。そうでなきゃ、困ります(笑)
まとめ
愚痴全開の感想になりましたが、やはり諦めきれない気持ちもあります。
ポジティブに考えれば、シーズン1は壮大なプロローグ。「ケイの家族関係や彼女の本質」「置かれた立場」という基本的なことを説明するための、丁寧(すぎる?)序章だったのかもしれません。
検死ミステリーの本番はシーズン2から!……そう信じて、私は次を待ちたいです。
あのラストシーンを見れば、シーズン2は必至ですものね。
次はぜひ、人間模様に負けないくらいの、切れ味鋭い「納得のミステリー」を見せてほしいです。それを期待しながら、私の感想を終わります。



お読みいただきありがとうございました

