
この記事は、管理人しかが作品の世界に浸りながら想像力を広げ、思いをめぐらせながら綴ったものです。素人目線の解釈に基づくため、思い込み、勘違い、間違いなどがあること、あらかじめご了承ください。また、感想はネタバレを含みますので、未視聴の方はご注意ください。
『レジデント・エイリアン』:概要
キーワード
- 地球侵略・SF
- エイリアン界のルール
- 家族の絆
- 友情
- 旅立ち・自立・再出発

イントロダクション

作品の導入部分をまとめてみました
人類抹殺のため地球へやってきたエイリアン(ハリー)の物語、最終章。
(シーズン3の続きから始まる)
凶悪で変幻自在なカマキリエイリアンに騙されたハリーは、月にあるグレイエイリアンの檻に閉じ込められていた。一方、ハリーの姿で地球に到着したカマキリエイリアンは、同族に侵されていない「手つかずの地」地球を気に入ってしまう。
偽者に騙される者はいないと思っていたハリーだが、アスタをはじめ、ペイシェンスの住人たちはハリーが偽者だと気づかない。ただひとり、エイリアンの姿が見えるマックスだけは別だった。
評価



全シーズンまとめての総合評価です
データは記事執筆時のものです
IMDb:8.0
ロッテントマト
トマトメーター(批評家による評価):97%
ポップコーンメーター(一般視聴者による評価):87%



なんて素敵なフィナーレ!
大満足の大団円でした
『レジデント・エイリアン』:感想
※タイトルは「ファイナルシーズン」としましたが、総括としての感想になります!



ここからネタバレ全開の感想です
未視聴の方はご了承のうえお読みください
エイリアン的傲慢ささえも、愛しく感じてしまう。そんなエイリアン・ハリーの物語の最終章。
大風呂敷を広げるかのように宇宙規模になった壮大なSF設定と、人間味あふれるエイリアンの物語がどんなふうに融合して幕を閉じるのか……。楽しみ半分、不安半分。そんな気持ちで視聴したファイナルシーズンでした。
しかし、心配ご無用!とばかりの、見事な着地!清々しいまでの笑顔で締めくくる、愛に溢れたフィナーレに大満足です。
「多様性」や「寛容さ」というテーマを根底に置きつつ、重苦しくなくコメディとして描ききった魅力。大好きなエイリアンとペイシェンスのみんなへの愛をこめて綴ります。
「違い」を笑いと愛で包み込む:究極の多様性


このドラマを観ていると、なぜだか不思議と温かな気持ちになります。それはきっと、ペイシェンスという町そのものが持つ魅力のおかげ。
エイリアンという「究極のよそ者」ですら、「ちょっと変わった隣人」として受け入れてしまうあの空気感。融和の町。それがペイシェンスでした。
そのペイシェンス気質は、居留地と町の「ごく自然な」距離感にも表れていました。
多くのドラマでは、居留地を「神秘的な場所」とか「社会から隔離された場所」としてドラマチックに描きがち。でも、このドラマでは「垣根も壁もない隣人」というスタンス。
相手を無理に理解しようとするんじゃなくて、「そのままでいい」というポジティブな多様性。みんな違ってて当たり前。同じ人間なんていないんだから。
保安官コンビのマイクとリヴは、まさに「そのまま」の互いを受け入れてましたよね。リヴにとって理不尽な場面もありましたが、噛み合わなくても、理解できなくても、変わることを求めたりしませんでした。それこそが、このドラマが伝えようとしていた一番のメッセージのように思います。
「好き」が持つミラクルパワー
人類抹殺の命を受け、地球へやってきたハリーが、不覚にも(笑)地球を守ることを決意するに至った……。そのきっかけは、決して高尚な平和主義とかではなくて、「ピザがうまい!」「ロー&オーダー大好き!」という、めちゃくちゃ個人的で等身大な「興味」からでした。
人間のフリをするためという言い訳があったものの、ダーシーの店で酔って踊った(シーズン1)あの瞬間。ハリーは「なんだ、この感じ。たのしーーー!」って、理屈じゃなく、細胞レベルで表現してましたよね。
あの「無性に楽しい!」感覚こそが、人類抹殺という任務を「どうでもいいや」と思わせるほどの大きなパワーになったんだと思うのです。
「好き嫌い」の前に、「なんだこれ、おもしろそう!」というピュアな好奇心から関係が始まる。 もしかして、ハリー的人間観察術は、ギスギスしがちな人間関係を円滑にする一番の近道かもしれません。
アスタという名の「大きな樹」


ハリーがこの地球を「Home(居場所)」だと思えたのは、間違いなくアスタがいたからです。
アスタは、ハリーにとって「大樹」のような存在。
驚きこそありましたが、エイリアンであるハリーを受け入れたアスタ。ゆるぎない安心感を与えてくれる彼女がいたからこそ、ハリーは人間を学び、人間を好きになり、いつしか人間の心を持つエイリアンになったんですよね。
そのアスタが、ファイナルシーズンでとうとう自分自身の人生を歩む決心をします。
大樹アスタは、ずっと「娘ジェイのため」「ダーシーのため」「父ダンのため」、そして「迷えるエイリアンのハリーのため」に、その大きな枝を広げて雨風をしのいでいました。
そんな彼女が自分の人生を歩み始めたとき、支えられていたハリーやダーシーもまた、自立した一人の人間(&エイリアン)として歩み始めたことが誇らしかったです。
「一人が高く飛ぶことで、周りも引き上げられていく」
そんな素敵な構図を想像して、ひとり感動しまくりでした(;´∀`)
命へのリスペクト:無価値な人なんていない
ファイナルを観て確信したのは、制作陣の圧倒的な「キャラクター愛」です。 過去の敵役や、ちょっとしたチョイキャラまで再登場して、みんなに見せ場がありました。
このドラマに「ただの背景」なんて人は一人もいません。 誰もが自分の人生の主人公として、悩み、笑い、成長しているんですよね。
あの救い難いアスタの元夫ジミーですら、です。 「どんな人生にも意味がある。やり直せないことなんてない」 そんな強いメッセージが、ドタバタ劇の裏側にしっかりと流れていました。
「誰しも誰かの大切な存在!無価値な人なんていない!」 これこそが、『レジデント・エイリアン』という作品が、私たちに最後に伝えたかった一番温かいメッセージだったように感じます。
まとめ
ファイナルシーズンの満足度がこれほど高いのは、SF的結末以上に、制作陣の愛が溢れていたからにほかなりません。
ハリー、アスタ、ダーシー、ベン、マイク&リヴ。それぞれのストーリーが滑稽でありながらも、最高に愛おしかったです。
ハリーが地球を去る決断をしたのは、愛を学んだ彼なりの「誠実さ」だったと感じます。 ヘザーとの間に生まれた子供たちのため。自分にとっての新しい「家族」を守るため。
でも、私は勝手に妄想しちゃいます。 もし『ロー&オーダー』の新作更新をハリーが知っていたら……絶対に帰らなかったはず!って(笑)
あのドラマへの執着こそ、彼が地球に深く根を張っていた証拠ですものね。もはや地球人以上に地球のエンタメを愛しすぎてるエイリアン!
完璧じゃない私たちが、完璧じゃない誰かとピザを分け合って生きる幸せ。そんなシンプルで、軽やかな寛容さを教えてくれた『レジデント・エイリアン』。最高にヘンテコで、最高に愛おしい時間をありがとう!
そう遠くない未来、ヒナたちの巣立ちを見届けたハリーが「カンカン!」という自前の効果音と共に姿を見せてくれることを想像しながら、私の感想を終わります。



お読みいただきありがとうございました
